師匠と弟子の関係

師匠と弟子の関係

 師の晩年、私と師の思い描く目指す射のイメージはかなり一致していました。なので、少し指導してもらうだけで、かなり射が良くなります。極端なことを言えば、何カ所か指で触られるだけで、あ、ここの意識が足りないな、とわかり、すぐ治ります。弦をとってもらえば尚更良くなります。そして、その場では、すごく良い射がでるのですが、地元にもどると再現できません。まあ、この辺は弓道のあるあるで、それの繰り返しかなと思っています。師に出させてもらった射をまた出そうと日々努力です。かなりご高齢でしたが、もう数年でも、同じような稽古が続けられていれば、師と私の思い描く理想の射にもっと近づいたのではないかと、自分の努力不足が悔やまれます。
 
 

年に2回の稽古

 就職してから関西と関東で離れてしまいましたが、試合や審査が近い時期に年2回指導を受けに行っていました。この2回というのがポイントで、1回目に課題をもらって、1-2か月後に2回目の稽古をうけて、修正を確認していました。2回目は本番の1-2週間前にしていました。
 
 通常、射技指導を本番の1週間前に受けると、調子を崩しかねないですが、当時の師範と私の関係では、その心配はなく、調子は良くなる場合が圧倒的です。師を信頼していたので、例えその指導で調子を崩しても、私は本望でした。それくらい、それまでに22年師に教わった射の基盤が、信頼関係が、二人の中で出来上がっていました。
 
 
 昨年は、師を亡くした悲しみから、抜け殻のようになった時期が長くありました。
 地元の先生にも大変お世話になっていますが、私の中では師の指導が受けれなくなった喪失感が大きくありました。当時の射技指導の映像記録が、本当に宝物です。もっと昔から撮っていれば良かったと後悔しています。
 

指導を求めて

 師の射と近い射を指導してくれる先生を求めて、今年は二人の先生の指導を受けに行きました。師が同じ射をすると認めていた範士の先生、そして、同じ流派の先生です。
 
 師と全く同じことをおっしゃるわけではありませんが、やはり自分の今引いている射のルーツに近い指導を受けることができました。 範士の先生からは丹田の 一点から押し切るような離れを、流派の先生からは縦線の使い方を教わりました。
 
 中りに走らず、まともな射を求め続ける良い機会になりました。ただただ、無心で取り組みたいと思います。
 
 弓道は奥が深いですね。
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